伊勢神宮外宮

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前回はこちら #6 お稲荷さんリトライ! 前回12月の旅行では、お稲荷さんに行くはずが行きそびれてしまいまし…

年末にいろいろあり、いろいろなもの・ことを手放しました。
その辺はnoteに書きましたので良ければご覧ください。

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こんばんは。 年の瀬が迫ってまいりました。 皆様いかがお過ごしでしょうか。 無事に年は越せそうですか? 年始に書いた記…

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年末いろいろあって、大きな執着を手放し自分を取り戻してきました。 他人から何を言われようと、悪口を言われようと、自分が…

さて、今年の帰省の連絡を親にしたところ、「1/3に伊勢神宮に行こう!」と突然の提案が。
驚きつつも、まあこれもお導きか~くらいの軽いノリで日帰りでお伊勢さんに行くことになりました。

お稲荷さん行ったり大阪行ったり、旅行はちょくちょくしているんですが、お伊勢さんはあまり自分では考えてなかったので意外。
近鉄特急で行くことになり、父が予約をしたりしてました。
予約したの前日だったので、行きの特急の席がばらばらになってしまいましたが、、、まあ取れたのでよし。

……というわけで完全に受け身の小旅行、どうなることやら。

伊勢市駅

伊勢市駅に到着したのが10:30すぎ。
伊勢神宮には外宮と内宮があり、外宮(豊受大神さまがまつられているそうです)から参拝するのが習わしだとか。
外宮は伊勢市駅から徒歩5分ほどなので、すぐに着きました。

人がわんさかいてざわざわする。
お正月なので当たり前ですが、何となく明るい気持ちになれずにいました。(電車に乗って疲れてたしね)

でも、神社の中はやっぱり静謐。
人がたくさんいたとしても、澄んだ空気と沈黙がそこにはありました。

私はこの時点で、「わーお伊勢さんだ-」くらいのライトな気持ちでした。
伊勢神宮に外宮と内宮があるのも知識として知っている程度。

ただ、伊勢神宮は「国家の安寧を祈願する神社」ということはこれも知識として知っていました。
国家の安寧かあ。国のために私ができることって何だろう?

――考えてみたときに、すぐわかりました。
国のために国家のために努力するよりも、まず自分自身を大事にし、安心させリラックスさせ、楽しませ、そして輝かせるのが大事だ。
そしてそれができたなら、次は周りの人を大事にするということをしていこう。

――なので――外宮の神様に、それを新年の抱負として誓ったのです。

外宮の入り口

最近はあまり神社で写真を撮る気になれないので、この外宮の入り口の写真のみ。

外宮から出てきてこの写真を撮ったくらいのタイミングで、不思議なことに太陽が雲間から顔を出しました。
写真にも何となく光が写り込んでると思います(偶然かもしれないけど)。

――あれ。もしかして、天照大神さまに応援していただけたのかな?
まついは単純なのでそう思って嬉しい気持ちになりました。

さて次は天照大神さんのおわします内宮へ。
外宮→内宮はバスが出ているので、それに乗ることにしました。
なんとバスに乗るまでに1時間弱並びました。これは予想外。
その間は親とだべりました。

――うん。こういうの、わるくないな。
こうして親に付き合って旅行したりだべったりするのも、もしかしたら親孝行なのかもしれないな。
うん。わるくない。

年末にたくさんのもの・ことを手放したからか、私は現状を明るい方に受け止められるようになっていました。

バスにようやく乗ることができ、内宮へと向かう道すがら、母が声をあげました。
「あ、あれは鷺かな?」
見ると、川(これは瀬田川かなと思います)から2羽の青鷺らしき大きな鳥が飛び立っているではありませんか。
私はますます嬉しくなりました。
――応援していただけてるやん。

内宮に着きました。
ここも人がいっぱい。
宇治橋を渡るとき、五十鈴川に今度は白鷺が。
――これはいよいよ、応援していただけている。

冒頭にnoteの記事を載せましたが……昨年末はいろいろなもの・ことを手放しました。
そして外宮で今年の抱負を述べたら、こんな風に応援していただけている。
私、この道が合ってるんだ。手放してよかったんだ。自分を取り戻してよかったんだ。

内宮でも同じように今年の抱負を述べました。
すると、、、今度は心に神様からの応援が降りてきたようでした。

親に対する感謝の気持ちでいっぱいになったのです。

3人で伊勢神宮に来れて良かった。私を産み育ててくれてありがとう。
愛はわざわざ探さなくともすぐそばにあったのだ。

な~んて、、、親にそんなこと恥ずかしくて言えないですけどね。フフ。

このあったかい愛の気持ちこそ幸せの気持ちなんだと思いました。

これでいいんだ、私は。

正直ずっと、親に対しては複雑な思いを感じていました。
noteに書いてるのでよければご覧ください。

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小さい頃、親に気分で当たり散らされたことで、私は親を含め他者を信じるのが苦手になった。 またいつ怒鳴りだすかわからない…

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それに気付いたのはいつだっただろうか。 「怒られるのが怖い」ことに気付いたのはそれなりに前だけれど、「なぜ怒られるのが怖…

でも、だんだんその思いが変わってきたのです。

だから、今回伊勢神宮で天照大神さん(多分!)のバックアップをいただけたように感じ、すごく嬉しかったのですよ。

さらに、内宮を出てまた宇治橋にさしかかると、またも太陽が雲間から顔を出しました。
本当に美しいと思いました。

――さて、帰りの特急までまだ時間がある。そして親も私も結構くたくた。
とするなら、どこかの喫茶店やカフェで休憩したい。

おかげ横丁で赤福を食べながら伊勢茶を飲んで一服……してもよかったのですが、親も私も足が痛くて歩けなさそうでした。
そこで、再びバスに乗って外宮に行き、外宮―伊勢市駅間のお店で休憩することにしました。

私、伊勢茶も好きだけどコーヒーも好きなの(笑)母もね(笑)

帰りのバスはすぐに乗れました。行きと違い、内宮―宇治山田駅―伊勢市駅―外宮と停車バス停が数ヶ所あったので、バスの中でより長く座って休憩できたのです。

到着したカフェはここ。

実は帰りに寄れたら寄りたいと思ってたとこ。
表に「珈琲」って書かれてたから是非にと思ってたのです。

私は調子に乗ってスイーツセットを。

スイーツセット

陶器のうつわに焼きたてのカステラ、その上にソフトクリームやマカロンラスクやいちごや粉末緑茶(きっと伊勢茶)
……ええい情報量が多い! こんなん美味しいに決まってるではないか。

更にコーヒーとコーヒーゼリー。

コーヒーゼリー

ええ、もう。美味しかったですとも。
やはり観光地で食べる甘味は格別じゃな。
赤福は名残惜しいがお土産で買っておうちで食べようということになりました。

最後にカフェすぐのお土産屋さん。

私はここでも感動的な出会いを果たしました。
いろいろ見て回っている際、ある写真集に目が行ったのです。
ちょうど最近、見て癒やされる写真集を探していたところだったのですよ。

伊勢神宮

伊勢神宮: こころを照らす神々の都

伊勢神宮のまつり、宮域林やそこに澄む鳥たちの写真。
写真に心が洗われるのはもちろん、添えられた言葉も美しい。英訳・仏語訳つき。

この写真集を立ち読みしてたところ、のっけからいきなり、西行の歌に出くわすわけです。

何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる
――西行法師

この歌、もしかしたら覚えている方もおられるかもしれません。
「つれづれなるよしなしごと」#4で、芭蕉の本を読書してたときに出会った歌です。

Cantomro

「必要なものは既に全て与えられていますよ」 街路樹や朝日にえもいわれぬ愛おしさを感じるとき、つまりそれが私にとって必要な…

そう、あの、ピーター・J・マクミラン『松尾芭蕉を旅する 英語で読む名句の世界』講談社――を読んでたときに、まさに記事に書いたのです。

上記の記事で、私はこう書きました。

街路樹や朝日にえもいわれぬ愛おしさを感じるとき、それはもしかすると西行の云う「かたじけなさ」に通ずるのかもしれない、と思った。
いないようで、おはします。それを感じる準備が整っているとき、つまり必要なものは既に全て与えられていることを知っているときに、その存在は「おはしま」し「かなじけなさ」を覚えるのだと思った。
伊勢に「おはします」存在と、街路樹や朝日の愛おしさというのは、相通ずるのだと思った。
そして、平和や平穏とも似ているのかも知れない。

私は、先ほど本宮にお参りしたときに心の内に沸き起こってきた、感謝の気持ちを思わずにはいられませんでした。

――それが、かたじけなさだよ。
――それが愛だよ。それが平穏だよ。

と――天照さんが教えてくださったように思うのです。
勝手な解釈ですけど……。

私はその写真集を買うか迷い、一度は店を出たものの、もう一度戻って購入。
電車にも間に合いました。
だって、天照さんや豊受さんからの大事なプレゼントで、お土産だと思ったんだもの。

(じゃあ買うか迷うなよ! って話ですが、いや~~ついつい、、、お金が、、、)

とても幸せで、貴重で、嬉しい旅路でした。
私を含め、私の周りの全ての方々に感謝申し上げます。

あ! ちなみに、上記の「つれづれなるよしなしごと」#4の記事には、西行の歌を念頭に置いた芭蕉の句も出てくるんですが、おうちに帰って写真集を読み進めたところ、芭蕉の句も登場しました。
これも私には嬉しいサプライズ。
この話はいずれまたどこかで……。

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