緑を見上げる

#2 渥美半島の海沿いを走る

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渥美半島は、愛知県の身体から南に伸びる両腕のような半島2つのうち、東京寄りにある方だ。
両腕が大事に抱えるのが三河湾であり、「内海」と呼ばれる。外海は太平洋である。

半島の先端付近で仕事をした後、名古屋に戻ることになった。
その日の海風は強すぎず、心地よい爽やかさ。穏やかな五月晴れ。

海の近くに住みたい。

……と、気軽に思えるほどには、海は懐かしいし、憧れるし、癒やされる。

お昼ごはんはここ。

のんびりとした雰囲気。
美味しいお魚、お味噌汁……。

玉川の刺身定食

この辺りは貝が特産で、近くに潮干狩り場もあったりするので、次に来るときは貝をいただきたい。

そういえば……小さい頃は肉が大好きだったけれど、成長するに従って魚を欲するようになった。
とはいえ、肉に比べると魚は料理するのが少し大変だ。1匹買ってきて3枚おろしに、なんてもちろん無理で、切り身を買ってくるのだけれど、でもやっぱり海の近くで食べる料理とは全く味が違う。
もし本当に海の近くに住むとしたら、その分だけ魚の扱い方も磨くことになるのだろう。

海風と、磯の香り。

昼食後名古屋に戻るのに私たちが走ったのは、国道259号線(田原街道)からの県道2号(豊橋渥美線)。
運転する人が海沿いを選んでくれた。

ゆったりとした三河湾。
穏やかに流れる時間。
会話がないことで得られる充実感。

車で走ると海が臨める区間も時間もあっという間で……
まだもっと遊びたいのに「もう帰る時間」のあの感覚で……
名残惜しさが、それもまた夕焼けのような美しさで……

次来れるかもわからないのに、なぜか私は「大丈夫だな」と根拠もなく思った。

穏やかで充たされた時間は、得ようとしなければ得られないと思っているけれど、同時に得ようとしても得られないのだとも思う。
得ようとすると言うより、気付いたら既にここにある。ないない、ほしい、と思って探し求めても見つからないし得られないけど、ここにあると気付きさえすればいつの間にか得られている。
かといって、何も行動しなければ何も変わらない。
2つは矛盾なく成立する。

今の時間が終わったら、次の時間が来る。
あの時間がもう失われてしまったと考える必要はない。
次の時間が来るには、今の時間は終わらなければならない。今の時間がずっと続いていたら、次の時間は来ない。

ああ。
またいろんなとこ行こう。

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