何かをするけれど、何かをしようとしなくていい

先日、「何もしようとしなくていい」という詩を書きました。

note(ノート)

頑張ろうとしなくていい。 気合をいれなくていい。 誰かを救おうとしなくていい。 すごい何かを作ろうとしなくていい。…

頑張ろうとしなくていい。

気合をいれなくていい。

誰かを救おうとしなくていい。

すごい何かを作ろうとしなくていい。

何かを広めようとしなくていい。

何かを始めようとしなくていい。

わかってあげようとしなくていい。

幸せになろうとしなくていい。

(後略)

ことの発端は、去年作曲家として開業して精力的に活動していたところ、8月に「何もしなくていい」と降りてきたこと。

その時の私は、「何もしなくていい」と言われて涙が出るほど嬉しかったのです。
つまり、それだけ無理をして頑張っていたのだと、後から振り返ってみて初めてわかりました。

本当はこんなに頑張りたくなかったのかもしれません。

そして、ある方にこうも言われました。
「あなた何かしようとしてるでしょ」
「何かをしようとしなくていいのよ、ほんとに何もしなくていいというわけじゃなく」
と。

「何もしようとしなくていい」の詩は、元をただすとそれらの出来事から生まれたもの。

しかしその時の私はわかりませんでした。

つまり……
「何かをする」ことと
「何かをしようとする」ことの違いが。

「ほんとに何もしなくていいというわけじゃなく(何かをする)」
けれど
「何かをしようとしなくていい」
という、そのバランスが。

私は開業後の活動を精力的に行っていましたが、「やりたくてやっている」と思い込んでいただけで、実際はやりたくなかったのかもしれない。
だから「何もしなくていい」と言われたときは本当にうれしかった。
でも、「ほんとに何もしなくていいわけじゃ」ない……。

どういうこっちゃ??

基。
かろうじて、知識としては違いがわかっていました。
前者の「何かをする」というのは、したいことを自然にすることであり、魂からの願い。
対して後者の「何かをしようとする」というのは、エゴの思考がひねり出した考え。

……いや、わからん。
違いが。
どうやって判断するのだろう?
魂からの願いと、思考がひねり出した考えってどう違うの?

ずーっと疑問に思っていたところ……
昨日、夕ご飯をなじみの店で食べていたら、ふと答えがわかりました。

「そういうことかーー!」
「なるほどーー!」
「これゼミでやったけど全然わかってなかったわ!」
みたいな気持ちになりました笑
(余談ですが大学受験は進研ゼミをフル活用しましたw)

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先日、「何もしようとしなくていい」という詩を書きました。 頑張ろうとしなくていい。 気合をいれなくていい。 誰…